この頃が、一番幸せだった気がする。
 周りが・・・見えていなかったから。











be my last...











 待ちに待った夏休みは、久美子が仕事を慎の家に持ち込んで、ローテーブルの前で何やら書類を書いているか、テレビの前で声を上げて笑っているのが日常だった。

 慎も隣に座って、画面を・・・いや、久美子の横顔を見つめる。
「やっぱり志麻さんはかっこいいな。女の憧れだ!」
 ケタケタと笑いながら、黒いクッションを抱きしめて、久美子は画面から目を離さない。
 慎は、そうやって楽しげにしている久美子の肩に寄りかかって顔を埋める。
 下ろされた彼女の髪が、鼻孔をくすぐった。ふわっと慎の家のシャンプーの匂いがした。
「沢田?」
 久美子が声をかける。未だに久美子は慎の事を名前で呼ばない。慎もそれでいいと思っていた。彼女にそんな器用な真似は出来ない。きっと何処かでボロが出る。
 危ない橋を渡らせたのは自分。
 悟らせるわけにはいかない。
 周りにも、親友にも、誰にも。

 あまりにも、今が幸せだった。
 この想いをぶつける事が出来ずに悶々としていた時期には、生徒でいてもいいと、生徒としての距離も決して悪くないと、思っていたのに。
 けれど。
 今彼女は自分の隣にいる。
 教師としてではなく、恋人として。
 この甘さを吸ってしまった慎には、久美子を手放す事など出来なかった。

 慎は無意識に目をつぶって、彼女の体温を確かめるように更に身体を寄せる。
 甘えるような仕草は久美子に出会うまで、慎は誰にもしたことは無い。
 今まで誰にも、心の中を見せたいと思った人はいないのに。
「もうちょと・・・こうしてて」
 好きで、好きで、好きで。
 どうしようもないほど好きで。
 まるで母親を恋しがる幼子のような慎を、久美子は柔らかな笑みを浮かべて見つめて肩に右腕を回す。そしてその手で今度は頭をぽんぽん、と2回叩いた。
「学校じゃ、こんなお前見れないよなぁ」
 金のメッシュに指を絡ませながらからかう久美子に無視して、慎はそのまま彼女に寄り添う。
(・・・早く卒業してえ)
 最近の、慎の口癖。
 卒業したら、こんな風にこそこそとする必要は無い。
 いつでも、どこでも、周りの目を気にする必要なんて無い。



『お前ら全員、きっちり卒業させてやる!!!!』



 いつかの彼女との約束は、クラス全員の旅立ちと成長を願って交わされた決意表明。
 「卒業」という、一つの新しい区切りの為の。
 3年D組全員で迎えるべき、大切な目標。

 けれど、いつのまにか、慎の中では「卒業」の意味がすり替わっていた・・・








「ほら」
 顔を上げた慎が、部屋の隅に重ねられた文庫本に手を伸ばす。積み上げられた本の上に、写真が何枚か置いてあった。
 それは夏休み前に屋上で撮った、3枚の写真だった。
「あー・・・忘れてた。お前に渡しっぱなしだったな」
 それを見ながらめまぐるしく表情を変える彼女を、慎はじっと見つめていた。

 1枚目は、久美子が目をまん丸に開けて驚いている、決定的写真。
 2枚目は、久美子の、太陽のように輝かしい笑顔の写真。
 3枚目は・・・久美子が背伸びをして、慎にキスをしている写真。

 誰にも見せられないけど。
 少しの危険を冒してはいけないと、自宅のプリンターで印刷した、少し画が荒い写真だけれど。
 それはとてもとても大事な・・・二人の軌跡。
「もう一枚撮らないか?」
 彼女の言葉に、慎がデジタルカメラに手をかけながら久美子を引き寄せた。
 今度は自動でシャッターを押すのではない。
 顔を近づけて、手を伸ばして。
 慎の手の中にあるカメラに目線を向けて、自分達で写真を撮る。
 世間の恋人達がそうするように。

 ――ピッ

 無機質な電子音が、部屋に響いた。
 すぐに印刷されたそれは、幸せと、二人の想いに溢れた写真。
 二人でその4枚目の写真を眺めると、自然に顔を上げて視線を交わす。
 そのまま、引力で引き寄せられるように抱きしめ合った。






















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