いつだってどこだって、お前の事を考えていたよ。











be my last...











 八月がやってきた。
 今日も久美子は学校に行って、受験生向けの夏期講習を行っている。
 慎は受験生だったが、学校でクラスごちゃ混ぜの夏期講習を受ける気にはなれないらしく、一人でこつこつとテーブルに向かっているようだった。
 昨日、仲間から一方的に「家にいろよ!」と電話が来たと言っていたっけ。


 基本的に慎はインドア派だ。
 じっとしていられない3Dの連中の中では珍しい存在だった。
 以前、放課後に休みの日は何をしているのかと久美子が問えば、『本読んでるか、寝てる』とつまらない返事が返ってきたものだ。久美子が口を尖らせると、慎は『買い物も行くけど』と、不満そうにぼそりと呟いていた。
 久美子はファッションや流行りものの類は疎いが、慎がそれなりにこだわりを持って服や小物を選んでいることは解っている。
『ふぅん』と久美子は喉を鳴らして黒板消しクリーナーの電源を入れた。


「そういえば、あいつの誕生日って、12日だっけ」
 通り雨の止んだ、あたりに湿気の漂う住宅街の帰り道で、久美子は思い出したようにひとりごちた。
 慎は何も言わないし、自分もいわゆる恋人同士のやりとりははじめてだったから、誕生日というおなじみのイベントに縁がなかった。慎の誕生日も自分から訊ねて知っているのではない。単にクラスの名簿から得た知識で、慎に限らず3Dの生徒の誕生日は久美子の頭の中に入っている。
 おそらく熊井たちが慎に伝えた「家にいろよ」は慎の誕生日がらみの事に違いない。
「っていう事は…プレゼントがいるよなぁ」
 あいつは何が好きなんだろう、あまりピンとこない。恋愛に慣れた女の子なら、ここで気の利いた事が出来るんだろうけど。生憎、手料理を振舞う…わけにもいかないし。
「とりあえず、デパートに行ってみよう」
 久美子は踵を返して、最寄の駅から3つ離れたショッピングモールに向かった。



 白い光沢紙の紙袋を揺らして、久美子は夕日を背に商店街を歩いていた。
「お嬢、ごきげんだね!鰹のタタキ持ってきな」
「今日は茄子が美味しいよ!」
「福引券おまけするからまた来てね」
 大江戸に程近い商店街は、皆が久美子を「お嬢」として慕ってくれる。どうやら、顔がにやけているのを見られていたらしい。
「わかる?すごくいい買い物が出来たんだ」
 もしも誰も見ていない場所だったら、スキップをしていたかもしれない。
 ショッピングモール中を探し回って、見つけたプレゼントは黒いブックカバーと栞。自分の安月給では本皮の製品には手が出なかった。ブランド物ではないし、ましてや今時の男子高校生の好みなんて解らない。けれど、休みの日は本を読んでいるか寝ていると答えたのは紛れも無く慎だ。
 これなら喜んでくれるんじゃないか――それだけだった。

 帰宅すると、ベッドに思わず座り込む。珍しく、足が浮腫んでいるのが解った。
「そんなに疲れたのかな?」
 体力には自信があるのに、よほど動き回っていたらしい。久美子は額に滴る汗を拭って、枕元に置いた紙袋に目をやった。
 これを渡す時の事を想像して、思わず口元が緩む。




「12日まで待てないよ、沢田」




 こんな気持ちになったのは初めてだった。






















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