初めて二人で迎えた朝は、今でもよく覚えている。











be my last...











 こんなにもこんなにも、一人の人間を求めた事はなかったと思う。
 彼が側にいる事に安堵感を覚えて、失う事を恐れたのかもしれない。

 あれだけ教師としての毎日に奮闘しながらも、自分が教師である事も、相手が生徒である事も考えずに、ただ隣にいることが当たり前になってしまった存在。
 全てを、預けてしまいたかった。

 手が触れた時・・・それを確信した。







(・・・ん)
 冷たい空気を感じて、久美子はびくりと身体を震わせた。もう初夏の足音は聞こえていたが、朝夜が冷たい空気に包まれる日は珍しくない。
 目を閉じたまま、あらわになった肩を隠す為にもぞもぞと身体を動かした。
 毛布を掛け直そうとすると、急に横から何かが自分を引き寄せる。

(・・・っ)

 目の前には、自分を見つめる整った顔があった。


「・・・はよ」
 少し掠れた声で、低く呟かれた言葉は今までの言葉のどれよりも優しく聞こえる。
 乱れた黒髪は、慎の妖艶さを一層際立たせているように見えた。
 久美子は慎に視線を合わせると、その瞳に映りこんだ自分の姿を捕らえた。


(ああ・・・あたし、沢田と・・・)

 昨夜、慎の部屋に行くと、二人の間には不自然なくらい会話が無かった。
 お互い少し緊張していたのかもしれない。
 久美子は痺れを切らして、そっと手を伸ばして慎に触れた。
 それが合図。
 今まで堪えていたのが嘘のように、何もかも忘れて自然と身体を求め合っていた。
 ぎこちなくも何度も繰り返す、体温が溶け合うような感覚に溺れながら、無我夢中の行為だった。


「沢田・・・いつから起きてたんだ?」
 寝起きの悪い彼に、久美子は素朴な質問をする。
 慎は一瞬だけ驚いたような顔をして、優しく久美子の頬に手を伸ばした。
 久美子よりほんのり冷たい慎の、手。
 その感触で、夢心地だった久美子の意識ははっきりしてきた。

「一時間くらい前かな・・・お前の寝顔、全然飽きねえから」
「え・・・?ずっと見てたのか?」
 久美子が少し頬を染めると、今までに見たことの無いような柔らかい笑顔が近づいて来た。そして、ちゅ・・・と音を立てて額に唇を落とされる。
「っ・・・」
「すっげえ可愛いかった」

 こんなにも・・・こんなにも穏やかな朝は初めてだった。




「やばい!遅刻!!」
 余韻を感じようとシーツに顔をうずめた瞬間、久美子は起き上がって慌ててベッドの下に散らばった服をかき集めた。
 ふと顔をあげると、慎が手で顔を押さえて小刻みに震えている。
「・・・沢田?どした?」
「・・・今日、日曜日だけど?」
「へっ?」
 口の端を上げたさっきの笑顔とは違う、人の悪い笑みを浮かべた慎がぐいっと顔を近づける。
「ばーか」
 骨張った人差し指で、鼻をちょん、と突かれた。
 上昇する血圧。
 頬は、一瞬にして赤くなる。
「わー!!笑うな!沢田の意地悪!」
 久美子は毛布を頭まで被って怒りをぶつけたが、説得力は無い。
 けれど、今はそんなやり取りさえも楽しい。






 慎の浴びるシャワーの音を聞きながら、久美子は昨日の事を思い出した。

(・・・沢田が、こんなに大切だったなんて)
 改めて、思う。自分が、慎をどれだけ頼っていたのかと。
 気付かされる。慎を、どれだけ求めていたのかと。
(沢田・・・)
 繋がって、解った。


(沢田が大切なんだ・・・)







「・・・久美子、口開いてるぞ」
 久美子が考えてこんでぼんやりしているうちに、タオルで頭を無造作に拭きながら慎がやってきた。
 一瞬にして現実に引き戻されて声を上げる。
「脅かすなよ!」
「・・・起きれるか?」
「・・・え?あ、うん、大丈夫」
 ベッドサイドに寄り掛かった慎に手を左右に振って訴えると、久美子は身体を起こす。
 慎はすぐに口を開いた。


「なあ、今日どうする?」
 テーブルには、湯気をたてながら仲良く並べられた二つのマグカップ。
 片方は久美子の為にたっぷりミルクが入れられたカフェオレだった。

「出掛ける?」
 慎が久美子を見上げた。
 初めて見せた甘えるような目線に、何故だが笑みが零れてしまった。


 そんな事、無理に決まっているのに。


 久美子はゆっくりと、首を横に振った。
 慎は、まだ自分から目線を外さない。





「今日はずっとここにいたい」




 そう答えると、久美子は再び慎に勢い良く引き寄せられた。




 それが、初めての朝。






















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