目が合った時、自然と笑顔になれた。











be my last...











 どれくらい抱きしめあっていたかは解らない。
 しばらくして、お互いの腕をゆるめて見つめ合った。
「・・・手、大丈夫か?」
 久美子がこちらをうかがうように見上げる。
「ああ。もうそんなに痛くないし、これ片付けなきゃいつまでも風呂に入れねぇからな」
 慎はそう言ってバスルームに足を運んで手際良く破片を片付ける。それを見ながら久美子は眉をよせた。
「・・・ごめんな」
「お前が謝る事じゃねぇよ」
「でも」
「ホントだって」

「なんかさ・・・」
 そう呟きながら慎は立ち上がる。
「ちょっと地に足がついてないっていうか、夢みてぇ・・・」
 久美子が『一人にして欲しくない』と口にして、衝動的に抱きしめ合った二人だったけれど、その先の展開に進もうという考えがこの時の慎には浮かばなかった。
 前日の欲望が嘘のように。

 側に、もっと側に側に。

 ただ、抱きしめ合える事があまりにも幸せで、この時はリアリティのない満足感で満たされていた。


「好きだ」ともう一度言って、今度は唇を近づける。
 久美子はこれから起る事を予測して身体を強張らせたが、慎は優しく唇を重ねた。  触れるだけ。
 お互いの唇を重ね合うだけの行為がとても大切で、凄くくすぐったかった。

「すっげぇ嬉しい」
 あまり感情を表に出さない慎が告げた本心。
「・・・あたしもだよ」
 彼女もそれに答えた。

「久美子」
「・・・え」
 初めて名前を呼べば、久美子はすぐに目を丸くする。慎はそれを見て、頭をぽんと叩いた。
「送ってく」
 時計に目線を移す。針は、夜の8時をまわっていた。

 帰り道、横に並ぶ慎の手に、自分の手が触れそうになる度に反応する久美子が可愛くて。
 けれど、そのまま人前で触れ合う事は出来なかった。



「今日は変な態度でごめん。学校、明日からは普通にするから」
 大江戸の前に着いて、慎はふと口にした。
「・・・なぁ沢田」
「解ってる」
 久美子の言いたい事は直ぐに解った。
 誰にも、言えない。
 それが今の自分達の関係。
 付き合おう・・・と、具体的な台詞は一度も口にしなかったけれど、でも二人の関係は確実に変わっていた。
 慎は、息を大きく吸い込んだ。

「隠し通すよ、誰であろうと」
 堅く誓う。
 それは二人が共に在る為の前提。
「大丈夫」
「でも、もし」
「俺がさせねぇよ」
 そう言いながら慎は久美子の髪に指を絡めた。その仕種は心地いらしく、不安を帯びた久美子の顔が明るくなるのが解る。
「・・・じゃあ、明日な」
 穏やかに告げて、久美子の背中を軽く叩いた。
「ああ」
 明日が、とても楽しみだった。









「おっはっよーん!!」
 朝からテンションの高い南と野田が、予鈴ぎりぎりに教室に入って来た慎に向かって手を挙げる。
 慎は視線で返事をして席につくと、今日も凝った髪型をした内山が近づいて来て、自分の机に背を向けて軽く寄り掛かかった。
「昨日のお前、ちょっとおかしかったから」
 昨日、親友たちが側にいる時は平静を保っていた筈だ。
(・・・そんなに顔に出てたか?)
 慎はぴくりと眉を動かした。そして、観念したように口を開く。
「なんか・・・喉に引っ掛かってた何かが取れた感じなだけだよ・・・」  オブラートに包んだ説明しか出来ないけれど、本当の事だ。
「ふーん・・・なら良かった」
 内山は、自身の髪を弄くりながら安堵したように言う。
 知ってか知らずか、それ以上は何も追究して来なかった。

「うっちぃ」
「んぁ?」
「ホント、何でもねぇから」
「・・・解ってるよ」
 くすり、と笑って内山は自分の席についた。それと同時にクラスメイト達も一斉に席に着き始める。
 かちゃり。
 扉が開いて姿を現したのは、白金学院高校3年D組の担任教師。
 それ以外の何者でも無い。
 突っ伏していた頭を身体ごと起き上がらせると、視線をその女に向けた。視線に反応して、久美子も顔を持ち上げる。
 交わる目線。
 自然に零れる笑み。

 多分・・・この想いはもう止められない。
 慎は顔を手で覆った。
 今の自分は、あまりに締まりの無い顔をしているに違いない。

 本当に幸せだった。























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