始まりの理由なんて、説明できない。 be my last... その日、慎は何をする気も起きず、お昼を一時間ほど過ぎた辺りにはアパートに戻っていた。 帰って早々制服も脱がずにベッドになだれ込む。 ズキズキと・・・右手の傷が痛みだして昨日の出来事が蘇った。 結局、割った鏡のの後片付けも、睡眠も、食事も、まともに出来ていない。 (うざってえ・・・) 昔のように、何もかもが面倒で欝陶しくて。 学校では久美子とは口も聞かず、目も合わせずに、まるで初めて会った頃のような態度を繰り返した。 昨日の今日で、割り切れた態度をとれるほど、慎は出来た人間ではなかったから。 久美子が傷付くだろうなんて、考えなくても解りきっていたのに、そんな態度しか出来ない自分に腹が立って余計に苛々が増長する。 (どうすっかな・・・) 明日からも、自分は学校に行けるか? 彼女に会えるか? また、元通りに戻れるか? 頭の中はぐるぐる交錯していて、思わず何処か遠くに行きたい気分になった。 でも、「明日から学校に行く」と言ってしまった手前、それも出来ない。彼女との約束は・・・守りたかった。 矛盾していたけれど、どうすればいいのか解らないのが、今の慎の現状だった。 そして考える事を放棄して、半ば逃げのつもりで眠りにつこうと目を閉じた、その時。 「沢田、いるんだろ?あけてくれ」 耳に響いたのは久美子の、声。 「ヤ・・・ンクミ?」 まさか。 こんなに堂々と? 昨日の事で、自分が久美子の事をどう思っているかなんて解った筈だ。 なのに。 「沢田、開けてくれ。話があるんだ」 いつになく、落ち着いた声を発した久美子の様子が気になって、慎は重い身体を起こして、ドアを少しだけ開けた。 「・・・何か用?」 初めて意識して造った、ポーカーフェイスで答える。 「・・・話がある。上手く話せるか・・・解らないけど」 慎は、ふう・・・と溜息をついて扉を全開にした。 家に上げるなんて、出来ない。 「ここで聞くよ」 二人を包み込んだ沈黙は、実際の時間より長く感じられた。 居心地の悪さを感じていると、久美子の視線が自分の右手に移るのを見た。 「その右手、どうした?」 「ちょっと怪我しただけだよ」 あっさりと答えた慎の言葉を遮るように、久美子が続ける。 「・・・昨日、聞こえたのを思い出したんだ。あたしが出て行った後に、硝子か何かが割れる音を」 慎が「何の事」と言いかけた瞬間、久美子は無理矢理部屋に上がり込んで、一直線にバスルームの戸を開けた。 そこに散らばっていたのは、鈍く光を反射する鏡の破片。 「・・・右手で割ったのか」 震えた声で問い詰められる。 「・・・ああ」 もう否定はしない。 「何やってんだよ・・・!どうして・・・!」 久美子は、勢い良く振り向いて慎の眼を見て叫んだ。 「苛ついたから」 慎が悪びれる訳でもなく口にすると、久美子は眉を寄せて俯く。拳は、きつく握りしめられていた。 「・・・生徒が怪我してるのが放っとけないのか?」 苦笑いを浮かべながら慎は言った。 生徒として久美子を慕う事は、もう出来ないから。 敢えて、目を逸らす。 駄目だ。 彼女は、きっと自分の望む答えを用意してくれはしない。 彼女は・・・教師だ。 何度も自分に言い聞かせる。 けれど、久美子の次の言葉は、予想したものとは違っていた。 「あたしが、お前が傷つく姿を・・・見たくないんだ」 そして、包帯を巻いた掌を包むように握られた。 「あたしは自分勝手だな。お前の事より自分の事ばかりだ」 久美子の悲しく笑った顔は、綺麗なのに見たくはない。 「今日は・・・お前と話が出来なくて凄く嫌だった」 (・・・) 唐突な台詞達に、慎はその黒目がちな目を見開く。 「お前の事は、生徒だと思わなきゃいけなかったのに」 久美子の瞳に、光る物がちらついた。 「気付いちまった・・・お前が隣にいなきゃ嫌なんだ。寂しいんだよ。《お前が》じゃない、《あたしが》だ。《あたしが》お前に側にいて欲しかったんだ・・・・!だから、昨日も・・・ここに来た」 久美子は涙を目に溜めて、歪ませた顔を自分に向けて声を張り上げる。 期待してしまう。 自分の気持ちが、一方通行では、無いと。 望んでしまう。 目の前の女が、欲しいと。 「・・・一人にして欲しくない・・・」 潤んだ視線を向けられた、その瞬間。 身体が、反射的に動いた。 目の前の女を夢中で抱きしめた。 そして自然と零れた、二度目の告白の言葉。 「好きだ」 きつく、きつく抱きしめる。まるで彼女の存在を確かめるように。 あんな風に言われて、じっとしてなんていられない。 誰より教師を愛していたじゃないか。 生徒を恋人になんてしないと言ったじゃないか。 だけど、今はそれよりも、目の前の久美子が大切で、慎が大切で。 抑えることなんて、出来なかった。 「あたしも・・・好きだよ」 久美子がそれに答えるかのように腕を身体に回す。 頭がおかしくなりそうだった。 こんな展開が、待っているなんて。 ただ、お互いの存在が恋しかった。 激しい衝動。 側にいたい。 やっと、触れられる。 秘密の、恋。 こうして始まった、二人の関係。 綺麗な理由なんて、無かった。 ただお互いが・・・特別だっただけ。 側に居たいと、気付いただけ。 《教師と生徒だろ?》 どこからか、そんな囁きが、聞こえた気がした。 next |
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