触れたいけど、壊したくない。
 抱えているのは相反した気持ち。











be my last...











 唇が触れ合う、筈だった。

 慎の眼が捕らえたのは、きつく閉じられた瞳から零れた久美子の涙。
 それを見た慎は唇が触れる直前で頭を右にずらして、ゆっくりと久美子の首筋に顔をうずめた。もう片方の左腕で彼女の頭を抱えるように手を回す。
 そしてその手で久美子の黒髪を、生え際にそって何度も何度も撫で上げた。
「・・・ごめん」
 何度も何度も、優しく。指で髪を絡めとるように。
「沢田・・・」
 久美子の眼が開かれる。頬に触れる慎の硬めの黒髪がくすぐったいのか、少し身をよじらせるのが解った。

「・・・きだ」




 触れたいと思った。
 触れて、身体で自分の想いを伝えてしまいたいと。

 でも。
 壊したくなかった。
 大切だった。
 教師と生徒《今》の関係も。
 彼女の笑顔も。
 それらのおかげで今の自分が在ると解っていたから。





『一人にしてくれないか』

 爆発しないように、距離を置こうと思ったのに。
 それなのに、彼女は来てしまった。
 半ば自棄になって彼女を突き放そうとしたがそれも出来ずに、逆に高ぶる衝動を必死で押さえ込もうとした。
 触れてはいけないと、心の奥底でサイレンが鳴っていたから。
 唇に触れたら・・・もう戻れない。やっとの思いで衝動を押さえ込んだ。


 慎は、久美子の首筋に顔をうずめたまま、口を動かした。
 身体で伝えられないなら、せめて言葉で。
 吐き出さなければ、きっと自分は、止められなくなる。




「好・・・きだ」
 消えてしまいそうな声だった。
「好き・・・だ・・・好きだ・・・」
 何度もその艶やかな黒髪を撫で上げる。
「・・・好きだ」
 初めて伝えた気持ちだった。


「お前が、好きだ」


「・・・さ、わだ・・・?」
 声で、自分の告白への戸惑いを感じ取って慎はようやく手を止めた。
 腕を立てながらゆっくりと顔を上げる。
「・・・悪い」
 気まずさを帯びた表情のまま、視線を逸らし、ベッドの端に座った。
「・・・ヤンクミ、今日は帰った方がいい」
 続いて目を擦りながら久美子が起き上がってきた。何か言いたそうな顔をしていたが、慎はそれを無視した。今は、まともに顔を見るのも避けたい。
「・・・帰ってくれないか?・・・頼むから」
 顔を手で覆って懇願する。
 自分は一線を越えようとしていたのだ。次に、我慢できる保障は無い。
 久美子は、少し呆然とした後、立ち上がって玄関に放りっぱなしのバッグに手を伸ばしながらドアに手をかける。背を向けていたので慎に表情は見えなかった。
 久美子は何も言わない。再び沈黙が流れて、辺りの空気だけ温度が下がっているように感じた。
 きっと火照っているのは、身体だけ。

「ちょっと、頭冷やしてくる」
 慎は、バタンとバスルームの扉を空けて服のまま、シャワーの蛇口を捻った。
(・・・冷てぇ)
 でも、身体は熱い。
(何やってんだよ・・・俺)
 明日から、再びどんな日々が始まるのだろう?
 昨日の今日で、どんな顔して?


 水音に交じって部屋のドアが閉じる音がした。きっと久美子が出て行ったのだろう。
(最後まで、外れなくて良かった・・・)
 残された理性。
 今ならまだ間に合うだろうか。自問自答を繰り返す。

 ふと顔を上げると、鏡に写った自分の顔が目に飛び込んで来た。
 さっきまでの、欲望にまみれた自分が記憶に蘇って来て思わず唇を噛む。









 無意識に力を込めて握っていた拳で、慎は鏡を叩き割っていた。






















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