例え拒絶されても、放っておけるわけ、無い。 be my last... 一日中沈んだ気持ちで仕事を終えた久美子は、あまりいい物件とは言えない、慎のアパートの前に立っていた。 そこへは何度も出入りしていたのに、ひんやりとした生活感の無いその部屋を思い出そうとしても、何故か遠い記憶のようにさえ感じる。 『一人にしてくれないか』 慎の言葉を反芻する。 その理由を全く解ってやれない自分に腹が立った。 (あいつの事を・・・何も解っていないんだな、あたしは) 教室で感じたのは紛れも無く違和感なのだ。沢田慎が教室にいるのは、久美子にとって当たり前の事。 教室の一番後ろで、前を見据える当たり前の存在。 慎を、放っておけるわけなかった。 (沢田。何があったんだ。担任《あたし》じゃ力になれない?) 日は傾き、西日が久美子の顔を赤く染めた。 「沢田、いるか?」 インターホンを押したのは初めてだった。震えて、上手く手は動かない。 (な、んで・・・?こんなに緊張してる?) 一人の生徒の家を訪ねるのが。 (今まで、何度も来てるだろう?) 深呼吸をする。 ベルの音が響いた。 「・・・」 ドアを開けた慎は、顔をくしゃりと歪めて自分を見つめた。身体を壁に預けて、けだるそうな様子で。 「来るなって言っただろ?」 そう言いながら苦笑する。 「沢田」 「来て、欲しくなかった」 「身体は・・・」 「どうして」 噛み合わない会話。 慎の泣きそうな表情は、初めて見た気がした。 「お前、何で来たんだよ。来ないでくれって、言ったろ・・・?」 「何言ってるんだよ・・・!心配するだろ!お前が・・・何日も休むなんて。生徒を心配するのは当たり前だろ・・・!」 久美子は声を張り上げた。目を合わせると慎の張り詰めた視線が痛い。 「・・・解ってるよ、そんなの。そう言うと思った」 発せられた言葉はいつかのように穏やかな口調ではなかった。冷ややかな、出会った頃を思い起こさせるような、響き。 「お前は生徒思いの先生なんだろ?だったら放っとけよ・・・!」 「な・・・!何言ってやがる!そんな事出来る訳ねえだろ!どうしちまったんだよ沢田!」 これ自分の知っている慎ではない。 久美子は、思わず慎の衿を掴んで詰め寄った。けれど、慎はさっと久美子の腕を払いのけ、一歩後ろに下がる。 二人の間に再び隙間が出来た。 「学校へは明日から行く。けどお前はもう・・・ここへは来るな。二度と、だ」 慎は、暗い瞳で呟いた。 数日前まであんな穏やかな表情をしていた筈なのに。 どきり。 久美子は心臓をわしづかみされたような錯覚を起こす。今まで作り上げた関係が、崩れ落ちたようにも感じた。 「どうしちまったんだよ・・・理由を教えてくれ。何があった?」 いつの間にか潤んだ瞳で慎を見つめていた。 もう・・・訳が解らない。 慎に何があった?一体、どうすればいい? 「・・・少しくらい解ってくれよ」 自嘲気味な笑みを浮かべながら、久美子は腕を掴まれる。 「お前が傍に来るたび、どんな思いになるのか」 掴まれた腕に力がこめられてキリキリと痛んだ。 「ちょっ・・・!沢田っ」 そのまま腕を引き寄せられ、久美子は部屋の奥にあるベッドへ押し倒された。 両手をしっかりと痕が残るくらいきつく掴まれて、組み敷かれる。 久美子は予想もしなかった慎の行動に反応できずに目を見開いた。苦しそうな慎の表情と、吐息を間近に感じた。 「さわ、だ・・・」 「・・・」 「な・・んだよ」 「・・・ヤンクミ」 「・・・」 「俺、男なんだよ」 「・・・!」 「お前の事、襲ってやりたいって何度も思った」 「さわっ・・・」 「お前は無防備なんだよ。一人で男の部屋来て、俺の気持ちも知らずに・・・」 苦しい顔で、しぼりだすような声で、慎は久美子の目を見つめた。 黒目がちなその瞳に捕らえられたかのように、久美子の身体は動かない。 掴まれた腕から感じる痺れが、自分との力の差を感じさせた。 ゆっくりと近づく二人の唇。 久美子は思わず、きつく目を閉じた。 next |
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