ただ、傍に居たいから。













二人の記念日













「見ろよ〜苺屋のクリスマスケーキ、美味そうだろ?」

 赤く輝く苺。
 ふわりとスポンジを包み込んだクリーム。
 雪のように降りかかった粉砂糖。

 今日は、クリスマスイブ―――恋人達が甘い時間を過ごす日。
 イルミネーションで彩られた街では、人々が躍起になって今日の為の洋菓子を売っていた。勿論それを買い求める人も多く、久美子もその一人だった。

 高校卒業後の一年の海外生活から帰ってから距離を縮めた慎と久美子は付き合い始めた。お互いがお互いを必要としている―――離れてみて二人が共に感じた事だった。
 あれからもう三年になる。

 慎は、自室のベッドサイドに寄り掛かりながら膝を立てると、溜息をつきながらテーブルの前で目をキラキラさせながらケーキの包みを開ける久美子から視線を逸らした。
 今日という日に甘い夜を過ごしたい、という希望が無い訳では無いのだ。ただ、それをわざわざクリスマスという名目にやらなくてもいいと思うだけ。周りと同じように世間の波に従う必要は無い。久美子とて、このクリスマスをそんな風に思っているか疑わしい所だ。そうでなければ「ケーキ二人じゃ食べきれないから内山達も呼んだぞ」などと言うものか。

 慎は何かと忙しいこの歳になって、すぐに全員が集合できるのは難しいと思ったのだが、予想に反して、11時には全員が集まれると言う。マジかよ・・・と心の中で呟くと、そんな慎の表情を読んだのか、久美子がケラケラ笑い出す。「クリスマス前にタイミング良く彼女に振られたんだとさ」


 まだ時計の針は6時を回った所で、久美子はケーキを冷蔵庫にしまうと一緒に買ってきた晩御飯の材料を持って立ち上がった。

「炭はいらねぇからな」
 と、慎が久々の台詞を口にすると、ゆでだこの様に顔を赤くした久美子が頬を膨らせて振り返る。腰を曲げて、ベッドに寄り掛かった慎の顔を覗き込んだ。

「お前なぁ、聖なる夜だってのに、コイビトに何言いやがるんだ!」
「こんな時だけ聖なる夜ってなんだよ。大体、何でウチが会場なわけ?」
 実を言うと、これが理由で慎は頭を抱えていた。酔っ払いの世話と、寝床の提供と、後片付けは誰がやると思っているんだ。そんな事を考えていると、久美子は人差し指を立てて言葉を返した。

「一つ、駅から近い。一つ、広すぎない。一つ、皆来た事ある場所だから。一つ、何より慎の家だから」

 えっへん、と得意げに腹に力を込めた久美子の、表情をくるくる変える様は、いくつになっても子供のよう。その姿を見ながら、呆れ返りながらも結局は逆らえない自分を慎は知っている。

「ったく・・・しかも派手に装飾しやがって」
 モノトーンで統一された、この年の独身男子にしては整頓された部屋は、今日はやけに自己主張の激しい色に模様替えされていた。

「やっぱりクリスマスだから、楽しくしないとな」
「かこつけて騒ぎたいだけだろ?」
「何だよっー慎は楽しくしたくないのかっ」
「そうじゃねぇけど」
 クリスマスのだからといって甘い夜というものを過ごすのが、どうしても自分には合わない気がして。だから、この部屋が荒されるであろう少し先の事実に呆れつつも、久美子と仲間と騒ぐのもいいかもしれない。

「見知らぬ他人の誕生日を祝ってやる程、俺はお人良しじゃないんだよ」

 慎は肩を竦めて息をついた。


「ふぅん・・・まぁ確かにキリスト教徒でもないあたしみたいな日本人までクリスマスに騒ぐのは可笑しな話だけど。でもお前は昔っから難しい事ばっかり考えてるよな」
 感心しながら久美子は慎の目の前にちょこん、と正座して言う。
「・・・別に」
「初めて会ったときはホント何考えてるか解らない奴だと思ったけど」
「そうか?」
 突然触れられた昔の話に、慎はやり場の無い思いを抱えた。そう、互いの第一印象は最悪だった。

「最悪・・・っつーか、無関心だったからな。あの時には、何もかもどうでも、いいと思ってたから・・・」
 あの頃の好き勝手やっていた自分を思い出して、少しやるせなくて、言葉を詰まらせながら言った。初めて会った日の事は、今でこそありありと思い出せる。

「悪かった・・・でも、感謝してる」
「慎には必要な時間だったんだよ」

 そう言いながらふわり、と優しい顔をした久美子は、凄く綺麗だった。さっきまでの子供の様な無邪気な顔ではなく、大人の顔。
 こんな時、慎は未だ自分は大人なのではなく、「大人ぶってる」だけなのだと思い知らされる。もう成人してから三年経って、仕事もして、いい加減肩を並べる事が出来ただろうかと思えば、いつまでも彼女は自分の一歩前にいる。
 きっと、一生敵わない、惚れた女。

「もう、笑って話せるだろ?」
 その言葉を聞いて慎は、頷きながら手を伸ばして、ぽんぽん・・・と返事の代わりに久美子の後頭部を優しく叩いた。教師と生徒として言い争った事も、恋人同士として傷付け合った事もあったけれどやっぱり、久美子が好きだと思う。ずっとずっと、何年も何十年も、共に在りたい女性。


「久美子、こっち来いよ」
 慎は、今度は立ち上がってベッドサイドに座ると自分の膝の上に久美子を促した。

「なっ・・・今から夕飯・・・チキン焼かなきゃ」
「あいつら来るまで時間あるし」
 そう言いながら手を伸ばして、久美子の身体を引き寄せる。
 後ろから抱きしめられて、慎にすっぽり納まった久美子の身体。密着した箇所から伝わる体温。そのまま黒髪を一房手に絡めて、ちゅ・・・と音を立てて唇を落とした。

「ちょっ・・・」
 腕の力を少し緩めて、久美子の身体を捻らせて向かい合うと、今度は久美子の手を取って、その白く細い指にキスする。
 テーブルの上に置きっぱなしの久美子の携帯から聞き慣れたメロディが流れてきたが、あいにく彼女は不在だと言う事にして無視を決めこむ。
 今は、二人だけの時間。

 顎を寄せて、唇を重ね合わせた。離れようとする久美子の潤んだ小さな唇を、執拗に追いまわし、味わう。彼女の髪も、手も指も、唇も、全てが堪えきれぬ程の愛おしい存在。

「・・・んっ」

 久美子は力の抜けそうな身体に鞭を打って、必至の抵抗を試みる。それに対抗して力を込めた慎は、思わずバランスを崩して二人繋がった状態で勢い良くベッドに倒れこんだ。


 ぼすっ・・・


 マットに沈んだ二つの身体。
 横になって向かい合う体制になった二人は、離れてしまった唇を名残惜しそうに自らの指で触れた。自然と目が合って、くす・・・と笑みが零れる。

「クリスマスの甘い夜なんて興味無いんじゃなかったのかよ?」
 久美子が上目遣いで視線を合わせた。慎は目を少し伏せて「ああ」とだけ声を漏らすと、片方の手で、久美子の黒髪の生え際を優しく撫で上げた。

「他人の誕生日なんて、興味ないからな・・・。でも」
「でも?」
 久美子が不思議そうに問い返すと、慎はいつものように口元で笑みを浮かべる。

「今日が、俺らの記念日なら悪くない」

 自信げな、自分より6つも年下の男とは思えない表情に彼女は弱い。その言葉を理解できずに「え?」と、小さく呟いて久美子は目を見開いた。



 クリスマスとか。
 聖なる夜とか。
 恋人達の日なんかじゃなく。

 ただ、傍にいたいから。
 一緒に居たいから、今日を、二人の記念日に。

 











「結婚しねぇ?」











 






















fin




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クリスマス企画献上作品。
イメージソングは慎の中の人が所属してるグループの歌「二人の記念日」
イメージソング・・・・イメージされてます?!
というか、クリスマス企画の作品でクリスマス否定してすみませんっ!!
内容を全く考えずに曲だけ決めて、書き始めたらこんな風に・・・・豪華メンバー勢ぞろいの企画にお目汚し失礼いたしました;;
最後の「結婚しねぇ?」が最初に浮かんだ台詞でした。そこから膨らませていったらこんな風に・・・

読んでくださってありがとうございました!!!


2005/12/20 南雲こよみ。
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