カーマイン











 一日の仕事が終わると、慎は寝床に着く前に一人で外に出る。
 デニムの後ろポケットにねじ込んだ、くしゃりと潰れきった赤い煙草の箱を取り出して、残り少ない中からその中の一本を摘み取った。少し前に変えた銘柄のそれは、慎にとって決して美味いとは言えなかったけれど、何故か癖になって止められなくなっている。すぐにそれを咥えると、日本から持ち込んだライターをもう片方のポケットから取り出して、何度かじらしながら火を点けた。


 2週間前、久々に買出しの係になって、慎は1ヶ月ぶりに町へ出た。
 市場には沢山の店があり、奇抜な色の野菜や果物や、ぎろりと睨んでくる強面の魚が売られている。慎は出来るだけ保存が利く食料を中心に、手際良く買い物を済ませた。買出しの係になった時には個人的に買い物をすることも可能だったので、一緒に来た仲間は、目を光らせながら店を物色している。どことなく故郷にいる仲間達と同じ匂いのする彼の姿を目で追いながら、大量の荷物を抱えて、市場から離れようとした。給料のない生活をしているのに、無駄な出費はしたくない。何より慎は物欲は極めて少ないほうだ。いつも買うのは、煙草を1ケース、それだけ。
 仲間に先に車に戻るから、と告げて市場を通り抜ける。辺りを見回しながら、それと同時にすれ違う人の表情を伺う。町の人間は決して裕福な人間ではないし、昔のしがらみで楽ではない生活を強いられてきた人たちばかり。けれど笑顔が綺麗だと、慎は思う。
 日本よりも幾分近く感じる太陽に照らされた笑顔を見れば、自分は今まで何に反発して生きてきたのだろうかと、苦笑いをこぼした。
 自分の周りにある世界が全てだと勘違いして、何もかも望めば手に入る状態にありながら、その全てを拒否していたあの頃。
――勘違いにも程があるな。
 慎は抱えた荷物を持ち直して、足を速めた。
 市場から少し離れた空き地に停めた軽トラックに荷物を詰め込むと、の助手席のドアを開けて、足を開放させながら胸元のポケットをごそごそと漁る。
 いつも、大抵一人になる時間には本を読んだり、一服したり。この地に来てから酒も女もやらない慎に、疑問の声を投げかける周りの声にももう慣れた。
 スコップで地面を掘ったり物資を運ぶ際に手は肉刺だらけ、身体は傷だらけになって、らしくない汗を流した。仮設の寝床は、ランプをつければ虫はよってくるし、水も食料も満足には無い。たまに町に出て買出しに出たり、物資がボランティア団体の本部から届く、そんな生活。昔とは違うし、自分でも嫌になることも多かったけれど、でも慎にとってかけがえの無いものになりつつああった。
 煙草を咥えながら、ぼんやりと、緑色に染まった周りを見やる。風は乾いていたが気温は高く、額にじわりと汗がにじんだ。空き地のすぐ傍には民家が幾つかあって、人の声は絶えなかった。
 その中の一つの、決して綺麗とは言えない家から出てきた恰幅のいい女性が、大きな籠に衣服を山盛りにしていた。おそらく何処かの水場に洗濯をしに行くのだろう。その後ろからは、子供たちが3人。キャッキャと大はしゃぎしながら母親にくっついていく。女の子が一人と、男の子が二人。体格からして、女の子が一番上なのがわかる。
 なんとなく目が行き、慎はその3人を見つめた。すると甲高い声で女の子が弟2人を叱り始めた。女の子の着ている母親が手作りしたであろう白いワンピースは、黒い肌にとても似合っている。目は大きく、一見可愛らしいのだが性格は男勝りなようだった。
『喧嘩に木の棒なんて使っちゃ駄目!』
 かすかにこの地の言葉で聞こえた彼女の声に、慎は思わず目を見開いた。
『喧嘩をするなら手を使いなさい。解った?』
 なおも続く姉のお説教に、しょんぼりとしている弟2人。母親はそれを微笑ましく見守っていた。最終的にこくり、と弟2人が頷いて、母親と4人で一列になって歩いていった。
 一部始終を見ながら、慎はいつぞやを思い出して、穏やかに笑みを浮かべている自分に気付いた。
 そして脳裏によぎった、あの女。
 ふと下を向くと、煙草の灰が地面にぼとりと落ちる。家族に見とれてもうずいぶんと長い間、咥えたままだった。短くなったそれを灰皿に押し付けて再びポケットを漁ると、今のが最後の一本だった事に気づいた。
「待たせたな」
 買い物を終えた仲間がそう言いながら運転席に乗り込んだ。返事をしながら体勢を立て直すと、ドアに手をかけながら、慎は動きを止める。
「わり・・・煙草切れたから、買ってくるわ」
 僅かに早足で、来た道を戻る。市場に一軒だけある煙草屋に足を進めた。
 脇目も振らず店の前までたどり着き、いつも買っている青い箱の銘柄に手を伸ばした。
――あ。
 一瞬目に入ったのは、その隣に並べてある、赤い箱。
 赤、というよりエンジに近いその色が示すのは、慎にとってはただ一つ。
 慎は少し考えて、隣のその赤い箱の煙草を手に取った。深い意味は無い。ただ、あの女を思い出しただけ。
「これください」
 お金を払って、胸のポケットに買ったばかりのそれをしまう。両手をズボンのポケットに突っ込んで、仲間の待つ車の元へと踵を返した。


 寝る前の一服。
 紫煙を吐きながら、慎は天を仰いだ。
――こんなに離れても、自分の気持ちは揺るがない。
 思わず口端を上げて自分を笑った。        






















fin

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注)カーマイン(carmine)とは英語でエンジ色の事です。
アフリカ描写は適当ですのであしからず(爆)
甘さのかけらも無い話を書くのが大好きです。

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