言葉に出来ない











 体温を分け合った日の朝は、彼女をこの腕に抱きとめて迎えるのが常だった。
 再びうとうととし始めた彼女の頬に手を添えると、優しい微笑みを返してくれる。
「不思議」
 彼女が掠れた声で呟いた。
「ん?」
 顔を覗き込むと、彼女は目線を少し下にずらして自分の左胸に手を添える。
「出会いって不思議だな」
 彼女はもう一度口にした。
「お前とこうしていられるなんて、あの頃じゃ考えられない」

「最悪な出会いだったからか?」
 髪をかきあげながら聞き返すと、彼女はそれに答える事なく軽く息を吐いて笑う。
「世の中には不思議なことが沢山あるな」
「・・・どうして?」
 その問いに、彼女は「お前があたしを選んでくれたからだ」と言った。
「しかもわざわざこんな面倒な立場の女をさ」
 苦笑する彼女を見て溜息を我慢することは出来なかった。
「・・・お前以外選ばねぇよ」
 これは本心だ。
「やくざの跡取りの年上の教師なのに?」
 不安を抱えた彼女の顔を、そっと両手で包み込む。自分を見上げた瞳は潤んでいた。「そうじゃない」

「お前がお前だから、好きになった」
 触れそうなほど、顔を近づけて囁いた。すぐに唇は触れ合い、漏れた吐息が再び部屋に響いた。
「不思議でも何でもない」
 唇が離れると穏やかに、口角を上げて言う。この時の自分は仲間が言う、昔は見れなかった穏やかな笑みを浮かべているに違いない。


「こんなにしっくりくるのに」
 指で彼女の唇に触れる。
「お前が隣にいるのが、こんなに馴染むのに」
 もう片方の手で、彼女の髪をすくい取る。
「・・・お前しか見えねぇよ」
 そして最後に、額にキスを落とした。
「好・・・」
 唇を離して、口に出そうとした言葉を飲み込む。
 彼女が、不思議そうな顔で目を合わせた。
「何でもない」と、自分に呆れながら目を閉じる。理由は簡単だ。

「どんな言葉を並べたって、薄っぺらく聞こえちまうんだ」
 そうやって自分を笑った。
「なんで?」
 興味津々な彼女の問いに、少しだけ沈黙する。






「・・・既存の言葉なんかじゃ言い表せないんだよ」
 腕を彼女の首にまわして身体を密着させながら、もう一度唇を奪った。
「久美子」
 名前を呼ぶと、彼女は満足そうに胸に顔をうずめてくる。
 それを見て、言葉に出来ない気持ちが溢れた






















fin

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